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博士学位論文 日本語要旨

Authors:
  • Sfida Setagaya BFC
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2017 年度明治大学教養デザイン研究科
博士学位請求論文要旨
コミュニティが所有するスポーツクラブの事業展開とソーシャル・エンタープライズ
FC ユナイテッド・オブ・マンチェスターの経営資料に基づく考察
Business Development of Community Owned Sport Club and Social Enterprise
: A Study based on Management Documents of FC United of Manchester
教養デザイン専攻
平和・環境コース
張 寿山
1. 問題意識と研究目的
本稿はコミュニティが所有するスポーツクラブ(Community Owned Sport Club:以下コミュニティスポー
ツクラブ)であるイギリスの FC ユナイテッド・オブ・マンチェスターFC United of Manchester: 以下
FCUMの経営内部資料を用いてコミュニティスポーツクラブの事業活動実態を解明し、その事を通じて、
コミュニティスポーツクラブが、市場・政府と異なる事業領域とされるサードセクターの事業組織して提
起されているソーシャル・エンタープライズ(Social Enterprise)の持つべき諸条件を満たしていることを
検証するものである。この検証をおこなった上で、コミュニティスポーツクラブがソーシャル・エンタープ
ライズとして果たしうる役割について、公益性の側面を中心に考察し、スポーツ組織とソーシャル・エンタ
ープライズ研究おける、今後の研究課題についての提言をおこなう。
なお、FCUM は世界最高の収入を達成しているマンチェスターユナイテッドの商業化に異を唱えた人々に
より、コミュニティへの貢献を最大の目的として 2005 年に創設されたスポーツクラブである。
19 世紀中頃に近代スポーツが成立して以降、スポーツは社会におけるその存在感と影響力を増大し続けて
た。近代スポーツはその発展の過程でスポーツが公益性持つという理念を打ち出し1976には欧州
評議会閣僚委員会で“ヨーロッパ・みんなのためのスポーツ憲章が、1978 にはユネスコ総会で“体育・
スポーツ国際憲章が採択され、ス ポ ー ツ は 公 益 性 を 持 ち 、基 本 的 人 権 の ひ と つ で も あ る 事 が 人 類 共 通 の 理 念
として認知された。スポーツの普及に伴い、スポーツを通じた貧困対策、教育、地域振興、職業訓練、就業
支援、社 会 的 包 摂 、 コ ミ ュ ニ テ ィ 形 成 や セーフティネット形成目的とする活動が、競技スポーツの隆盛と並
行して世界各地で活発に行われている。これらの活動は、行政、競技連盟、スポーツクラブ、非 営 利 公 益 団 体
といったアソシエーションにより実施され、プロフェッショナルを中心とした競技スポーツと連携している
例も多い。
一方、現代社会における独占や寡占、失業や貧困、公害や資源の収奪、地域や階層格差の拡大といった社
会問題解決の目途が立たないことに対して、市場の失敗と政府の失敗指摘され市場と政府を補完する制
度、組織あるいは権力が必要だとの指摘が社会学の複数の分野でなされている。この中で福祉や公益の分野
を中心にサードセクター概念が提示されている。社会を政府・市場・コミュニティの 3つの領域から構成
される牽制関係と捉えたうえで、その中間領域サードセクター定義しその領域での事業に適した組織
制度としてソーシャル・エンタープライズが提案されている。ソーシャル・エンタープライズとして期待さ
れている組織とは、市場・再分配・互酬という 3種類の社会的経済によってバランスよく支えられた「社
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会的連帯経済を活用できる機能を持ち、同時に公益を事業目的としているアソシエーションだとされてい
る。
スポーツ公益性を持つ事業であり、プロフェッショナルスポーツを中心とした市場、公的予算による再
分配、多種多様な互酬の経済に支えられている。まさに、社会的連帯経済の下で成り立っている事業といえ
よう。しかしながら、スポーツ事業はサードセクター研究において全くとっていほど取り上げられてこ
なかった。ソーシャル・エンタープライズの候補としても組合、NPONGOIGO あるいは CSR 活動に
取り組む営利企業対象として検討され、スポーツ組織は見過ごされてきた。一方スポーツ研究ではスポー
事業の公益性、独自性、自立や自律を主張しながらも、自らを政府・市場・コミュニティとの関係性の中
で独自の存在としてとらえようとする視点は限られていた
本稿はコミュニティスポーツクラブがソーシャルエンタープライズであるとの仮説を、FCUM 事業
を通じて検証する。そしての検証の過程を通じて、スポーツ事業に取り組むソーシャル・エンタープラ
イズは、個別の公益事業に取り組むソーシャル・エンタープライズと何か異なる特徴をもつのかについて考
察をする。
2.研究の枠組みと研究対象
ソーシャル・エンタープライズは、サードセクターを活動領域とする非営利の事業組織として位置づけら
れている。多くの研究者がその定義について提案をしてきたが、ソーシャル・エンタープライズの重要性を
認識する研究者のネットワークである EMES により、以下のような整理がされている。
1) 経済、及びビジネスの側面では、市場合理性が高くない事業に有給の専任スタッフを抱えて継続的に取
り組んでいること。
2) 社会的側面では、事業目的はコミュニティ公益であり、利潤の分配を制限し、政府や企業ではなく市
民により経営されていること。
3) 組織のガバナンスの側面では、機関決定権限が資本所有には基づかず、組織そのものが高度の自律性を
持ち、受益者をも含む事業に関わる人たちにより構成されていること。
この整理は、ソーシャル・エンタープライズはまだ発展途上の組織形態であり、以上の条件を全て満た
必要があると言うことではく、このような枠組みの下でソーシャル・エンタープライズを実現させてい
こうとしている、と理解すべきであろう
本研究は、FCUM 事業が、このような条件を満足しているかどうかについて、FCUM の経営資料を用
た事業実態の分析を通じて検証をおこなう。イギリス社会において地域のアイデンティティを示す公共
と信じられてきたスポーツクラブの存在は、クラブがその法的所有者の手で市場化され、その利益や権益
が一部の者の手に握られることで脅かされた。イギリスではこれに対抗して、スポーツクラブを社会関係資
として取り戻すための試みがおこなわれている。サポーターが出資をしてサポータートラストを結成し、
市場化したクラブ株式を購入することで、トラストの代表をクラブ経営陣に送り込み、経営に参画して過剰
な商業化を阻止するのがひとつのモデルである。この活動を支援する非営利法人サポーターズ・ダイレクト
(Supporters Direct)は政府支援し、現在 200 クラブが加盟している。FCUM はこの中でも、100%のシ
ェアを会員が所有し、さらに会員11票による機関決定制度を創設以来堅持しており、最も先駆的で成
功しているコミュニティスポーツクラブのひとつとされている。
筆者は 2016 1月に同クラブを訪問しフィールド調査をおこなった。今回の研究に用いた経営資料は、
創立後から 2016 年末までの年次総会、月例理事会等の重要会議の議事録及び関連経営資料、事業報告書、
財務報告書、定款、メンバーの意識調査報告書他、件を越え、合計約四千ページとなる。一部欠落はあるが、
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ほぼこの間の全ての経営内部資料が含まれており、この内容を把握することは、組織の経営者とほぼ同じ質
と量の情報を得ているみなすことができる
3FCUM 事業内容の検証とソーシャル・エンタープライズとの関係
FCUM の事業内容の検証は以下の 4つの視点から行った。
1) 経営体制とガバナンスについての規定と実態
2) 収支及び財務諸表の解析
3) コミュニティ事業公益事業の実態の把握と考察
4) ホームスタジアム建設プロジェクト:その意義と派生した問題点
FCUM の事業内容の把握を通じて、コミュニティスポーツクラブではスポーツ事業とコミュニティ事業を
一体的に行っており、EMES が示しているソーシャル・エンタープライズとしての条件を全て満足している
上に、以下の特長を持つ事が確認された
a. アフォーダブルな試合を継続して提供するスポーツ事業を中心とした市場交易公的支援という再分配
に基づく管理交易寄附やチャリティを中心とした互酬交易3種類の社会的経済の全てを重要な収入
源とし社会的連帯経済に支えられている組織である。
b. アフォーダブルな試合の安定供給」というスポーツ事業は、市場のみに頼るにはリスクが大きすぎて
経済合理性を満足し得ない。このことが、コミュニティスポーツクラブが社会的連帯経済を必要とし続
け、同時に市場化することを防ぐ構造的担保になっている。
c. ボランティアの参画が経済的理由だけではなく、長期的な連帯・コミュニティの形成・後継人材育成を
もたらす仕組みとして組み込まれている。スポーツ事業は、日常的にボランティアの参画が求められて
おり、スポーツを通じたボランティアの参画が、コミュニティ事業へのボランティアの参画や、クラブ
の経営への一般メンバー参画につながっている。
d. スポーツ事業と複数のコミュニティ事業が一体化しておこなわれることで、それぞれ単独で行うよりも、
より強固で安定したかたちで豊かな公益性をもつ事業おこなわれている。FCUM は教育、人権、貧
困撲滅、就業支援、弱者支援、社会的包摂の推進等のコミュニティ事業に、スポーツ事業と同等の重要
性を持って取り組んでいた。社会貢献事業単独では遂行・継続が困難な事業でも、スポーツ事業と一体
化している事で継続可能性が増している
e. スポーツ持つ魅力は、多様性を持ったメンバーの継続的な参画得られやすい。この為、閉鎖的にな
りがちな単一の社会貢献事業に取り組むソーシャルエンタープライズと比較し、さまざまな人が参画
し続けることが期待できる。
f. スポーツ事業の存在は、スポーツへの関わりを通じて一般メンバーによる組織経営に対する日常的関心
を保持する効果がある。このことは、経営のプロ化・ブラックボックス化を防ぐ効果を持ち、誤った機
関決定の修正に対する復元力や、独裁的なガバナンスの形成に対する抑止力持つと期待できる。
g. 以上のような特徴持つ総合的な効果としてコミュニティスポーツクラブはサードセクターにおいて
複数のソーシャル・エンタープライズの中心的なハブとして機能する特長を持っている。このことは、
コミュニティスポーツクラブが、ソーシャル・エンタープライズ論で議論されているインフラストラク
チャー組織としての役割を果たす能力を持っていることを示している。
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4. コミュニティスポーツクラブとソーシャル・エンタープライズが持つ親和性の示す可能性
以上の議論を踏まえた上で、本稿では今後の研究課題として以下の点を提示し、初歩的な考察を加えた。
1.コミュニティスポーツクラブが持つ強力なハブとしての機能を、今後如何にソーシャル・エンタープラ
イズという組織モデルの発展につなげて行くか。
2.コミュニティスポーツクラブの持つ機能を最大化させるための社会制度設計の必要性。日本においては
「スポーツ社団法人」創設の提案。
3.市場と政府の失敗を補完するのは、サードセクターの発展に加え、コミュニティの復権も選択肢のひと
である。スポーツの起源とされる遊びと身体性からもたらされる本質的な非合理性は、この議論にお
いて重要な要素になると思われる。
以上。
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